2017年9月19日火曜日

別府は住みよい町なのか

 今回は、別府に住んでいて良い点を積極的に挙げていこうと思います。
 良い点か、悪い点か人によって判断が分かれるところもあるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。

①車が必ずしも必要ではない

 まず、田舎=車が必須、と考えている人にはこの点を指摘したいと思います。
 別府は観光地です。温泉を目当てに全国各地から公共交通機関を使ってお客様が訪れます。
 ゆえに、バスなどの交通機関が比較的発達しているのです。
 おまけに、観光客が巡りやすいように、駅前エリアや、地獄がある鉄輪エリアに店が集中していますから、そこにある店だけに通う分には車は必要ないのです。
 ただ、町全体が坂になっていますので、自転車などは必要かと思います。いずれにせよ、大都市圏で歩き慣れた人にとっては、車は必ずしも必要ではありません。

②飲食のレベルが高い

 ①で述べたように別府は観光地、おまけに田舎なので農作物や海産物が安いことから、都会では信じられない値段で美味しいものが食べられます。
 東京のスーパーで刺し身を買うと九州産だったりしますが、それらが東京の半額くらいで手に入るのです。
 前に述べたように、別府には観光ガイドには載っていない、500円で腹いっぱい食べられる飲食店があるのです。
 高級フレンチと呼ばれる店でもせいぜい2000円くらい出せば食べられます。物価はとにかく安い。 ただ、家賃は高いのでできれば中古でもいいので家を購入しましょう。

③人と人との距離が近い

 ゲンシシャを経営していて、もう慣れてしまったので特に不思議に思わなかったのですが、初めて来店されたお客様とその流れで夕食を食べに行ったりします。ほかにも、休日に待ち合わせてレジャーに出かけることも。
 東京にいた頃にも同様の経験はありましたが、 別府にいると特にそうしたことが多い。一度会ったら友達、みたいなノリが普通なのです。それを好まない方もいるかもしれませんが。
 そして、米、野菜、車などをみんなでシェアして、必要なものを分け合う仕組みが自然と出来上がっているのです。ですので、どんなに貧しくても餓死することはまずありません。
 公民館も各町内にあり、地域のイベントも活発です。

④不思議な人がたくさんいる

 別府の最大の醍醐味はこれです。
 無職で昼からパチンコをしている人が大勢います。まあ、それはそれで問題ですが。
 おまけに、小説家や詩人、写真家、画家などが山ほどいます。
 良くも悪くも世間とズレている人が集まってきているのです。
「アートで町おこし」の結果、アーティストの人口が増え、もとからいた昼から裸で洗面器片手に温泉に入りに行くような方たちと交わって、別府はいよいよカオスになってきています。
 商店街にソープが並ぶ町別府には、職業の貴賎もないし、すべてを呑み込むような器の大きさがあります。
 瀬戸内海の温暖な気候も関係しているのか、祭りやイベントも盛んで、私ですらリア充のような生活ができるくらいです。
 もちろん別府市の財政などを考えると好ましくないかもしれませんが、「何をしているかわからない人」が多くいて、昼間から温泉に入っています。別府の市営温泉は入場料100円で、来るものを拒まないのです。

⑤別府に移住を希望する方へのアドバイス

 ということで、別府に住んでいて良かった点を書き連ねてみました。とにかく物価は安いので、セミリタイアして移り住むには面白い町ですね。
 よそで一儲けしてからゆったりと暮らすにはこれほどいい町はないと思います。
 稼ぎたい方には向きません。
 ゆったりまったりしています。

2017年9月16日土曜日

ゲンシシャはなぜエロ・グロ・ナンセンスを求めるか

 今回は、なぜゲンシシャがエロ・グロ・ナンセンスを求めることになったのか。
 その経緯についてお話したいと思います。

①排斥されてきたものへのまなざし

 私は、大学院で漫画を研究していました。現在でも日本マンガ学会に所属しています。
 では、なぜ漫画を研究しようと思ったのか。それは、まず漫画が新しい媒体であったこと、そして漫画がかつて、悪書追放運動など、排斥の標的になったからです。
 私のマンガ研究者としての研究テーマは「エロマンガ」とそれに伴う「表現規制」です。
 学部が法学部であったことから、刑法と憲法について学び、わいせつ物頒布罪と表現の自由の関係性、それに伴う判例である、「四畳半襖の下張事件」や、「チャタレイ事件」、そして、澁澤龍彦の「悪徳の栄え事件」 について分析を重ねてきました。
 そして、現在では「松文館事件」など、マンガ、その中でもエロマンガ、BLなどが、排斥の対象になっていることを知りました。
 そうした排斥されてきた性表現などにもう一度光を当てる、それがまず、エロ・グロ・ナンセンスに目を向ける理由のひとつです。

②「必要ないもの」のアーカイブ

 次に、国会図書館で研究のための資料を物色しているときに、いわゆる風俗関係の雑誌や単行本などは所蔵されていないことがわかりました。そもそも国から必要ないと判断されたのか、あるいは出版社がアウトローなので納めなかったのか、わかりません。けれども、そうした国会図書館に収蔵されていないような品をアーカイブする施設がどこかに存在する必要があるのではないか、それがマンガ研究のなかで私が思いついたことでした。
  そこで、神保町など、古書店を巡りながら、国会図書館のデータベースにアクセスし、所蔵されていないことがわかれば購入するという行為を始めました。
 そうして集まってきた資料が、たまたま、エロ・グロ・ナンセンスに通じるものだったのです。
 いわゆる変態向け、マニア向けに作られたものは、国会図書館にない。全国のどこの図書館にもない。それならば、うちで所蔵しようじゃないか。そうしてゲンシシャのもとにはエロ・グロ・ナンセンスをテーマにした書籍が集まってきたのです。

③さらにその先へ

 そうしてゲンシシャが出来上がっていくうちに、排斥されてきたもの、と必要とされなかったもの、の収蔵が進み、資料も充実してきました。いや、もちろんいまだ序の口ですが。
  そうしているうちに目をつけたのが、古写真です。
 古写真ならば、書物のように場所をとることもない。そして、古写真こそ、その中でも特に風俗関係、エロ・グロ・ナンセンスの資料は、排斥され、必要とされないというよりむしろ隠蔽されてきたものではないか、そう考えるようになりました。
 ですから現在、ゲンシシャには第二次世界大戦中の日本人収容所や、沖縄、アイヌ差別の資料、 戦争で殺された名も無き兵士たちの古写真が集まってきているのです。
 隠蔽された禁忌に手をのばすことは、快楽を伴います。
 そうして私自身楽しみながら、ゲンシシャは新しい局面へと舵を切ろうとしています。
 どうぞ、今後共よろしくお願いいたします。